※これから書く文章は、平洲椿保存会会長の山口邦彦氏が、 米沢御堀端史跡保存会の会報である「懐風 第四十四号」という冊子に寄稿したものをすべてそのまま引用したものです。
五、 「これからの活動」
1、 上杉鷹山公と細井平洲師の由縁、故事、教訓を歴史と共に顕彰、啓蒙しつつ「米沢のたからもの」として観光に役立て、発信、宣伝、誘客に尽力したい。
そのためにも、上杉家第十七代ご当主・上杉邦憲様のご立案に沿って、米沢市内の要所数ヶ所にお手植えをいただく行事に微力を尽くしたい。中川市長の掲げる「米沢ブランド」の一つとなり得る。
2、 愛知県東海市の鈴木市長より面談の申込みをいただき、平成三十年五月に登録の経過を説明し、若苗五本を進呈したが、本年五月には「平洲祭」の大きな催事があり、その際記念樹として、邦憲公よりお手植えをいただく行事が計画され、苗木のご所望があったので、嬉しくお応えしたい。
「平洲椿・別名師弟椿」としての登録が成ったのは、東海市並びに平洲会が、鷹山公と平洲師との感動的な師弟関係と由縁を大切に想い、「師弟椿」と名付けて厚く育成してこられた事が、日本ツバキ協会の共鳴を呼んだ故と思われます。また、二百二十年の時を経た平成最後の年に、この古木を発掘顕彰したもう一組の師弟を重ね合わせて、命名してくださったかと甚く恐縮しておるところです。
平成三十一年一月
日本ツバキ協会会員
米澤生物愛好会会員
米澤御堀端史蹟保存会会員
出典元:米沢御堀端史跡保存会 懐風 第四十四号P.105